「AI vs 教科書が読めない子どもたち」の個人的ざっくりまとめ

p.117

論理、確率、統計。これが4000年以上の数学の歴史で発見された数学の言葉のすべてです。そして、それが、科学で使える言葉のすべてです。(中略)コンピューターが使えるのは、この3つの言葉だけです。

 p.118

AIは(中略)数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できません。(中略)数学が発見した、論理、確率、統計にはもう一つ決定的に欠けていることがあります。それは「意味」を記述する方法がないということです。

p.232

AIに代替されない人材とはどのような能力を持った人なのでしょう。それは意味を理解する能力です。(中略)AIは意味を理解しないからです。

とはいえ、

p.269

コピー機にAIを導入すれば、(中略)消耗品の発注は自動化され、メンテナンスを依頼する電話とその対応も不要になることでしょう。まさに、消費者と生産者との間の「情報の非対称性」によって利潤を得ていた営業という商習慣は、最適化に向かう市場の中では、消えていく職種かもしれません。(中略)これからは、すべての企業がそういうことを考えなければならない。それがAIと人間が共に生きる時代の真の姿です。

とのことで、最適化・自動化で動く部分が世の中で増えていく中で、問答無用で消えていく職種が増えていくとのこと。その中で、意味を理解する能力が単体でどれだけ役立つのかというのは気になるところです。

p.239

私のような一介の数学者がRSTを発明するまで、なぜ「中高校生は教科書を読めているか」という事実を考えようとも、調べようともしなかったのでしょうか。(中略)

教育は国家百年の計、とよく言われます。ならば、もっと科学的な設計が必要です。RSTは教育ビッグデータの上で、確率と統計を駆使して結論を導きました。

とのことで、「意味を理解する能力」を持っているであろう文部科学省中央教育審議会の人々は中高校生が教科書を読めているか調べずに教育制度の設計をしてしまいました。一方で、科学者たちは教育ビックデータの上で、確率と統計を駆使して結論を導きました。

結局は「意味を理解する能力」と「科学技術を駆使する能力」の2つが必要、というのがここでの教訓のように思います。

「お腹が痛い」という人がいたときに、その意味を理解できるだけでは何もできず、結局は医学・薬学を駆使しなければならないのと同じだと思います。

 

p.263

現在の技術の延長線上にある近未来AIには人間の常識はわからないし、文章の意味もわからないし、人の気持ちもわかりません。

とはいえ、「現在では」「今のところ」といった文章は、今後の技術革新でどうなるか、「現在の技術の延長線上にない」技術でどうなるかはまだわからないという意味も含まれています。本書でも YOLO が衝撃的だったという文章があるように、まだまだ驚きの技術が出てきそうな気がします。

 

またロボット技術については全く触れられていないので、ロボットが普及してどうなるか、自動運転車が登場してどうなるかといったことの記述はありません。

 

いずれにせよ、今のところ自然言語処理の中の意味を理解する能力が人間の知識労働に残された最後の砦と言っても過言ではないようです。